孫栄金鍼灸治療院、院長孫栄金のブログです。
日常のできごとや、皆さんのお悩みにお答えできればと思います。
9月18日から23日の間、母の米寿祝いの為、母国中国の実家、杭州市余杭区の田舎村樺樹村ヘ行って来ました。かつては閑静な山村でしたが、今は徹夜、大型トラックのクラクションの尖叫音の絶えなく、夜も安眠できない騒音とホコリを充満するところとなった。実家はY交差点合流枝の道路脇に位置し、ひと際騒音とホコリの影響が大きかった。こんな背景に、20日夜23時台、法定積載20~30トンの大型トラックが100トン前後のセメント粗製品を積んで、左側から合流して来た小型トラックに追突しそうな為、それを避ける為に、実家の庭の外周の塀に突っ込んで来た。塀は勿論全壊だが、衝撃の為にトラックは横転し、積んでいた大量のセメント粗製品が反対側の店舗シャッターの降りかかった。私の実家と近所数軒の店舗は物損の被害をこもったのだ。
幸い、事故を起こした運転手も含め、怪我人はなかった。
中国の田舎では、例え死傷者が出た事故であっても、その場で金銭の補償を払い、刑事事件に発展することなく、和解に至ることは珍しくなかった。今回の事故でも、損害を受けた村民は加害者側と補償の金額について、話合いに入った。が、金額の折り合いがつかず、(続きあり、、、)
幸い、事故を起こした運転手も含め、怪我人はなかった。
中国の田舎では、例え死傷者が出た事故であっても、その場で金銭の補償を払い、刑事事件に発展することなく、和解に至ることは珍しくなかった。今回の事故でも、損害を受けた村民は加害者側と補償の金額について、話合いに入った。が、金額の折り合いがつかず、(続きあり、、、)
PR
嘘は泥棒の始まり、、、
言うまでもなく、人間は嘘をつくべからず。人間の本性は善良である。
ゆえに、さらば、信じよう、救われると善良な人達は言う。
けど、実際にこの世を見てみると、どうでしょう?嘘は我々の日常に溢れている:
細工された「空中浮遊」の写真、高額利回りを謳った投資詐欺、これを飲めば治ると難病患者さんに高額な「健康食品」を売る不誠実な「医療関係」者。例を取り上げようと、きりがありません。
鍼灸臨床をやっていて、来院してくれた患者さんからさまざまなお話を聞くことができる。これらのお話から、私が励まされていた場合もあれば、腹立たしくされたこともあった。以下はいくつかの事例を挙げて、皆様のご参考になれたら幸いと思う次第である:
事例1: 治療院のホームページに異常な程の高い難病治癒率
来院した筋萎縮性側索硬化症(ALS)の患者さんから、都内某治療院のホームページから印刷した数頁の紙を渡された。印刷された文章の内容は、その治療院がどうこう数多くの難病に対し、高い治癒率を挙がっているという。その治癒率のリストを見ると、常識では考えられないほどの良い数字になっています。それらの数字、信じていいでしょうか?私の手元に否定する証拠は勿論ないが、信じる勇気もない。私の常識では、最先端の医療機関でも四苦八苦している難病の治療に、もしそのホームページの先生がこんなに良い治療効果を達成できるならば、都内の治療院ではやって居られないんでしょう。なぜなら、世界衛生機構や先端の医療研究機関の引っ張りだこになっているはずでしょう。
事例2: 未公開株の売り付け
私自身の経験ですが、証券会社のセールスレディから、値上がりが確実な未公開株の購入を勧められた。値上がり確実なものが、親戚でも友人でもないこの私に機会をまわしてくれるというのもちょっと信じられない。すんなり受け入れとしない私の躊躇をみて、レディは、人気ある銘柄で、引き合いは殺到していますと更にいい話を続けたが、石頭の私は、殺到なら、他の方に優先してくださいと電話を切るチャンスをつかめました。
嘘を見破る超能力がある訳でもない私は、以上のような話をして、恐縮ではありますが、嘘を見破るには超能力がなくても、常識さえあれば、多くな場合、できると私は思う。
フットバスでデトックスが本当にできるなら、腎臓透析はもう選ばれないんでしょう。
「残念ながら」うちの増毛剤の効果は100%ではなく、残り2~3%が効かないようなテレビ広告、皆様のお耳に入られたと思いますが、実際、その数字はどう受け止めればいいんでしょう?私は、もしそのデータが本当なら、薄毛の方々はもう苦労する必要はないんでしょう。
母国の上海に、癌の治療で名を馳せた先輩が居る。知人に頼まれて、病院では手の施しようがない胃癌の父の治療をその先輩にして貰えないかと。私は、中国のことだから、専門家と言っても、実際は分からないよとつぶやきながら、先輩は私の知る限り、基礎研究が専門であるはずなのに、いつの間にがん治療の専門家になったのだと府に落ちなかった。私はその先輩に電話をし、知人の父は感激千万に治療を受けた。先輩は知人に対し、父の状況は「まだ挽回できる」と言い、ご自分で調製した粉粉の漢方を渡しました。知人は喜んで私にお礼の電話をし、治療の状況を報告してくれた。疑い深き私は、先輩専門家の「挽回できる」とのお話、鵜呑みしていいかどうか分からないよと言いました。一週間後、知人から電話があり、お父様が亡くなりましたとの悲報でした。
「溺れそうな人はわらでもつかむ」とは言いますが、わらをつかんでも、運命は同じである。私事で恐縮ですが、私の父は昨年に86歳で亡くなりました。父は危篤になっても、頑として中国の病院には治療に行かなかった。なぜなら、行ってもわらしかつかめないと分かっていたからだ。父の選択を尊重して、私は日本から、知る限りのいいお薬を送ると同時に、故郷に居る過去の同僚にお願いして、自宅で点滴や酸素吸入など苦痛軽減の措置を最大限に取りました。そして、父は自宅で、家族に見守られた中で息を取った。正しい選択だと私は今でも思っています。
先日、30代前半の早発閉経患者さんがご来院しました。本人のお話によると、1年半前から、月経周期が乱れ始め、つい半年前からは月経が来なくなりました。病院の婦人科で受診し、いろんな検査を受けたが、「異常なし」とのことでした。当院では治療するに当たって、先ず患者さんの過度に痩せている体型に注目し、食生活等について聞きました。すると、その患者さんは、月経周期が乱れ始めた前から、朝ご飯は抜き、フルーツのみにしていて、昼食、夕食とも食べる量が著しく減らしていました。当院の判断では、その患者さんの早発閉経は、摂食不足による営養不良が原因で、鍼灸で食欲の増進を図り、食事の指導で一日3回の食事をきちんと取るようにとアドバイスしました。結果、一ヶ月足らずの治療で、月経は再来しました。
鍼灸治療を受ける際、健康保険は適用になれますか?
はい、次の病気や症状であれば、健康保険が適用になれます:
1. 各種神経痛
2. 各種腰痛症
3. 五十肩
4. リウマチ(急性、慢性問わず)
5. 頚腕症候群(頚から肩、腕にかけてシビレ痛むもの)
6. 頚椎捻挫後遺症(頚部外傷やむちうち症の後遺症等)
その他これらに類似する疾患など(例えば、変形性膝関節症)。
患者さんの保険取扱手続は次の手順で行って下さい
1. 先ず、これからかかろうとする鍼灸院にお問い合わせ下さい。
2. その鍼灸院へ「同意書」と言う用紙をもらいに行って下さい。
3. 同意書を、日頃治療を受けておられる医院、病院等に持参されて必要事項を記入して頂いて下さい。なお、同意書の代わりに、病名、症状及び発病年月日が明記され鍼灸の治療が適当であると判断できる診断書でも結構です。
4. 記入済みの同意書、保険証と印鑑を鍼灸院に持参して頂ければその後の手続きは、鍼灸院で行います。
注意事項
鍼灸の保険適用につきましては、次ぎの事項にご留意下さい。
1. 同じ病気や症状を鍼灸の保険治療を受けながら、病院のお医者さんの治療も受けることはできません(病院の治療を受けると、鍼灸治療の保険適用が認められなくなります。鍼灸の保険治療を受けていない病気については、病院の治療を自由に受けられます)
2. 同意書はできる限り掛かり付けのお医者さんに書いて頂いた方が後々で便利です。
3. 同意書は、有効期限があり、3ヶ月毎に再度、同意が必要です。但し、再度の同意は、同意書に記入してもらう必要は無く、口頭で結構です。
4. 保険の種類によっては、治療院の窓口での支払方法が違いますので(その場でお安くなれる場合と、後で還付される場合があります)、詳細については、鍼灸院にお問い合わせ下さい。
3月11日午後2時46分頃、私が助手の遠藤さん(女性)と一緒に、二人の患者さんを鍼灸治療に施している最中に、治療院の建物が大変な勢いで揺れ始めた。日本は多地震国家とは言え、来日してから20年以上経って、これまでこんな強い揺れを経験したことはなかった。きっと、言われ続けていた宮城沖地震がやって来たかなと思いつつ、早く揺れが止まってくれることを祈りながら、助手と一緒に必死に二人の患者さん(中一人は半身不自由)をベッドから降ろして避難させようとした。身体不自由の患者さんは灸頭鍼を受けている最中で、燃えている艾に熱せられた鍼を大至急抜かなければならないと思い、素手で熱い鍼を最大のスピードで夢中で抜いた(地震が収まった後で分かったものですが、私の指には鍼の形にした火傷の痕が何本もあった)。揺れ始まって間もなく、照明が切れ、電気供給が止まったことが分かった。電動油圧ベッドを高い位置から降ろせなくなり、体重の重い成人患者さんを私と助手二人で抱きかかえて何とかベッドから降ろした。この間、治療院のあちこちから物品が落ちて来た音がしたが、どんなものが落ちたかを見る余裕はなかった。強い揺れはかなり長い間に続き、建物はガタガタの音がして、鉄筋の枠がねじ曲げられているような感じがした。我々四人はベッドの下に潜り込み、万が一建物が崩れたときに、ベッドが我々の命を守ってくれることを祈った。幸い、揺れが止み、我々は巨大地震から生き残ったのだという実感が湧いた。その時初めて周辺を見る余裕ができた。周り一面、落ちたプリンターや、アンプ、音響デッキ、額縁や、割れたガラス等々がいっぱい散らかっていた。
携帯電話で、テレビをつけ、地震速報を聞いた。とてつもない巨大地震であったことが分かった。治療院の外に出て見ると、沢山の人々が恐怖極まりない表情で割れた道路や、斜めになった看板、破損した水道管から噴出した水柱をみて、互いに恐怖を語り合っていた。
我に戻り、やっと家族の安否を思い出して、電話で確認しようとしたら、電話は固定携帯問わず、通じなかった。やっとの思いで、何とかメールの送信ができ、家族全員の無事を確認できたが、昨年9月に留学で来日したばっかりの甥との連絡が取れなくて一瞬恐怖のどん底に陥った。その甥は私の住んでいるマンションの近くの古いアパートに住んでいて、そのアパートがこの強烈な地震に耐えてくれたかどうか心配だった。
震災直後から、電気、水道、ガスなどライフラインが全て止まり、携帯電話も固定電話もほぼ発着信全てができなくなった。我々震災地区の被災民が外部世界から一時孤立されたように見えた。
私にとって唯一の情報源は携帯のテレビ放送で、そこから巨大津波の襲来により、仙台市の若林区や岩手・宮城両県の太平洋沿岸に壊滅的な被害にあったことが分かった。仙台空港は津波にやられて水浸しになったようだ。
頭の上は防災ヘリコプターの轟音が響き、地上は消防車や救急車のサイレンがあちこち鳴らしていた。映画中でしか見たことのないアルマゲドンがやって来たのかと思った。
交通信号も消えた。所々破損した道路を車で慎重に走り、3キロあまり先の自宅に戻った。無事であった家族の他に、安否の確認ができていない甥が家に居た。彼は揺れ始まった際に間髪いれずにアパートから飛び出した。みんなで再会することができ、感動で涙がぼろぼろとこぼれ落ちた。
ライフライン全てが失い、私の治療院は勿論診療が当分できなくなった。私生活では、寒い暗闇の中で、一種のサバイバル的な生活が始まった。蛍光灯の代わりに蝋燭、停電で使えないファンヒーターの代わりに反射式ストーブを使い、照明や暖を取っていた。震災直後ではほぼ全てのお店が営業できず、食料品や生活用品、ガソリン、灯油全てが手に入らず、生活が不便極まりない。ガスがない為、炊飯や料理は、反射式のストーブの上に鍋とかを置いて、何とか最低限で間に合わせた。断水は大変で、家にあった数本のミネラルウォーターをすぐ使い果たしてしまった為、近所の避難所となっている小学校へ長列に並び、災害救援の給水車から貴重な水を貰って来た。日常を送るにあたって欠かせないお風呂や洗濯は、当分我慢しなくてはならなくなった。それでも、私と私の家族はまだまだ幸せの方だ。亡くなられた方々は言うまでもなく、家が破壊され、避難所で暮らしている方々の辛い暮らしを思うと心が痛む。
日本国民と日本政府が一体になって、更に国際的な暖かい援助の励ましもあって、現在、震災復興に総力を挙げている。我が家も、幸いにも震災後3日目に電気が復旧、6日目の昨日には水道も復旧され恵まれた環境となった。
甥は中国政府の専門チームが手配した留学生救出オペレーションで、先程、新潟行きのバスに乗った。そこからチャーター機で中国へ帰国する予定だ。甥は、我々との別れを惜しみつつ、落ち着いたら、また愛する仙台に戻ってくると言ってくれた。
M9.0の地震は凄惨そのものである。しかし、忍耐強く、勤勉な日本国民が、国際社会からの暖かい支援もあって、きっとこの未曾有の大災害を乗り越えられることを願い、この忘れられない恐怖の記憶をこの文に記す。
3.11東北関東大震災の犠牲者全員に、ご冥福を祈る。
次のページ
>>